ロスト・イン・トランスレーション

 東京ロケで話題の「ロスト・イン・トランスレーション」を観る。
 ちなみに「日経エンタテインメント」では松本人志が日本人を馬鹿にしていると激怒していた。
確かに随所にこれはないんじゃないのという日本人描写がでてくる。
 まあでも二人の主人公は日本人に限らず、身内(それぞれの妻や夫)も含めて、周囲の者すべてに絶望的な気持ちを抱いている。バーのアメリカ人客や脳天気なハリウッド女優なども同等の視点で描かれているのだ。

 
 自分の身で引き比べて考えると、これはちょうど自分がロスやニューヨークに行った時の気分に似ている。サイズの違う調度品、システムのわからない食事、母国語で押し通す人々。
 わかっていても、うんざりするものだ。
 異文化コミュニケーションなどというきれいごとではすまされないカルチャーショックがあるのはお互い様のことだ。
 まあ特にアメリカ人は世界中、自分の流儀が通ると勝手に思っているので、東京などに放り出されると、ショックも大きいのだろう。
 なかにはそのギャップをおもしろがっている外人も結構いるような気がするが、この映画での主人公はどちらも、普段自分のわがままが通るような境遇にいる人々なので、そういう不測の事態をおもしろがる余裕はないようだ。このへんは監督であるソフィア・コッポラの人格が透けて見えるようで興味深い。


 ちなみに、うちの近所の山谷とかのドヤ街には外人旅行者が最近増えている。安いホテルがいろいろあるからだ。日本人でも敬遠するような簡易宿泊所も外人にはとてもエキサイティングでおもしろいものに見えるのだろう。
 浅草にも外人筋には有名な「台東旅館」という和風旅館がある。ここは泉麻人もエッセイで取り上げていたが、宿泊客はほとんど外人である。前を通るたびに、玄関のガラス戸越しから、奥の座敷でこたつに身を寄せ合ってなにやら楽しげに談笑する外人どもの姿が見える。ソフィアもこういう旅館でも泊まってみれば、孤独も感じなかったのではなかろうか。


 帰路、なぜか「仁義なき戦い」(深作版)、「新・仁義なき戦い」(阪本版)購入。「ロスト〜」にオシャレ系日本人の連中がどかどか出てきて鬱陶しかったのかもしれない。まあ映画観なくても、来週の三社祭ではモノホンの極道のみなさんにイヤというほど会えるわけだが(笑)。


 結局、その後、ヴィム・ヴェンダース「東京画」、小津安二郎東京物語」を確認のため観てしまう。やはり「ロスト〜」の系譜はずっと昔から繋がっているのだった。


豆腐
たまごめん
さんぴん茶