今月の文芸誌(2007年7月号)

1000の小説とバックベアード1000の小説とバックベアード
佐藤 友哉


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今年も早いもので、号の上ではもう下半期に突入。
しかし考えると、文芸誌って、全く季節感無いですね。
「夏到来!ハワイ文学!」とか「避暑地で読むおすすめ純文学」とか
たまには季節感あってもいいと思うのですが(笑)。


さて、今月の目玉は、何と言っても、ユヤタンこと佐藤友哉の三島賞受賞あれこれ、
そして、ゲーム的リアリズムをめぐる筒井康隆先生と東浩紀の対談でしょう。
三島賞の選評を読むと、予想通り、受賞作『1000の小説とバックベアード』に対する微妙なコトバが並んでいます。
中でも宮本輝の評「私には文字だけで書かれたドタバタコミックとしか思えなかった」は辛辣です。
他にも、「佐藤氏は貧しい」(福田和也)、「佐藤の文学あるいは文学史への向かい合い方は確かに稚拙である」(島田雅彦)
といった手厳しい言葉が並びますが、しかし宮本氏以外は、それでも今回の作品になんらかの可能性を見ているようです。


こうした選評を待つまでもなく、この受賞作はいわゆるイタイ作品であります。
しかしそんなことは作者自身も自覚済みなんです。
イタイことは百も承知でも、書かずにはいられなかったんでしょう。
なんだか今どきの若い人の、怖いくらいのまっすぐさを感じます。
ちょうど今発売中の「SFマガジン」に、「セカイ系」的引きこもりから「決断主義」に移行する今どきのライノベについての評論が載っていますが、
まさに佐藤氏の作品と言動を見ていると、その「決断主義」が何たるかをかいま見る思いです。


「新潮」には、受賞記念のエッセイと高橋源一郎との対談が併せて載っていますが、こちらも相当イタイです。
このままいくと、イタイキャラが定着してしまって、業界的にそのキャラを利用・消費させられると、なんだか嫌ですね。
あくまでこのイタさは、通過点であってほしいと思います。
エッセイの中で、「師匠がほしかった」と述べていますが、これは今の文学において、結構本質的な問題なのではないでしょうか。
私は以前から、文学の世界にも、落語のような徒弟制度があっていいと考えています。
過去の小説を読まないで、ただひたすら書こうとするばかりの、今の若い作家にはやはり師匠が必要なのです。
対談で源一郎氏から公私にわたる様々な示唆を受けて、「そうだったのか!」と純真さ丸出しで、目から鱗状態になっている佐藤氏を見て、
いっそ弟子入りでもすればいいのにと思いました。
そうした雰囲気は、筒井先生に対する東氏の態度にも見られます。
この対談は、まるで老師と若き弟子の問答のようです。
筒井ファンとしては、なんだかジェラシーを感じるほどの、互いのリスペクトに満ちた羨ましい問答でした。


今月の小説では、久々の玄月さんが、なんと570枚の長編「眷族」(群像)を発表しています。
綿矢りさ「夢を与える」より70枚も長い大作で、読むのに骨が折れそうです。面白ければよいのですが。
あとは、伊藤整賞受賞第1作ということで「てれんぱれん」青来有一(文學界)が注目です。
青来氏の最近の短編はどれも残酷なまでに人間の業を描く面白さがあって、今最も脂がのっている作家の一人ではないでしょうか。
もっと話題になっていい作家さんです。


その他、高齢デビューで話題を呼んだ桑井朋子氏が「すばる」と「文學界」と二作も発表しています。
中身に新しさはあまり感じられませんが、文芸誌の購読層として無視できない高齢者の読者には、共感を呼ぶ作品だと思います。
若者のイタイ叫びだけの作品ばかり読まされても、こういう層は困るだけですからね。


最後に余談ですが、防犯監視カメラの広告が「文學界」と「すばる」の2誌に載っています。
監視カメラ業界は純文学好きなのでしょうか?
それとも監視社会をキーワードにする東氏に対するわかりにくいオファーなのか(笑)。
ちなみに「すばる」に載っている広告は、他誌より異色です。
レンタカー屋、塩事業センター、救心、ネクタイ屋、ゴマ焼酎。
これらと文学の関係、マーケティング的に大いに興味がありますな。


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群像と文學界の新人賞発表。

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今月の文芸誌は、なんといっても新人賞受賞作に注目です。
いやーしかし今回の新人賞は文學界、群像ともに、ぶっとんでますよ。
まずは文學界新人賞の円城塔「オブ・ザ・ベースボール」。
これはもうSFそのものというか、ちょっと安部公房みたいな雰囲気もあるようなないような・・・。
一年に一度、空から人が降ってくる町の話です。
町にはそれに対するレスキュー部隊も組織されていますが、レスキューとは名ばかりで、
人が降ってきたらバットで打ち返すという乱暴さです。絶対、死ぬって。
作者は、前回の小松左京賞の最終選考候補になっていた人だそうです。
そっちのほうではもう単行本「Self-Reference ENGINE」が出ていて、一部では評判になっています。これからが楽しみな人ですな。


群像新人賞のほうは、SFどころか、もう訳が分からないトンデモ領域に達しています。
「アサッテの人」諏訪哲史。
「ポンパ」「チリパッハ」とか意味不明なコトバをいろいろ叫ぶオジサンのことを回想していくという話ですが、一ミリも理解不能です(笑)。
でもなぜか読み進めることができるのは、語り手が糞真面目だからです。
天然のボケ的誠実さとでも言うんでしょうかね。
ここ笑うところですよね?ね?と思わず、作品の向こうの作者に仮想ツッコミ入れながら読んでしまいます。


優秀作の「だだだな町、ぐぐぐなおれ」広小路尚祈のほうは、「ポンパ」の衝撃のために全く普通に見えます。
選評でも言われてますが、町田康を彷彿とさせる作風です。題名からして、そういう雰囲気ですよね。
こういう語り口だと、主人公のバリエーションがパターン化してしまうのでしょうか。オレ語りだし。
どこか既視感のある主人公でした。


既視感といえば、文學界新人賞のもうひとつのほう、「舞い落ちる村」谷崎由依は、川上弘美風です。
ずばり、選考委員の川上弘美本人から「わたしの小説と、ちょっと似ていません?」と言われています(笑)。
川上氏は最後まで受賞に反対したみたいですが、これってよく考えると、凄いことですよ。
本人から似ているというお墨付きをもらえたわけですから。
なかなか川上文学に似せようとしても難しいですよ。それだけこの作者のレベルが高いという証拠でしょう。
奇妙な村と東京を往還する女子大生が主人公で、村の生態がとにかく魅力的です。
私は川上風というよりは諸星大二郎を連想しました。もしかすると、一種の伝奇SFなのかもしれませんね。


新人賞の応募が今は二極化していて、10代のライノベ世代と還暦前後の団塊世代だそうです。
ライノベはともかくとして、団塊世代の自分の人生振り返り話は正直読みたくないですね。
団塊には団塊なりの狂気があると思うので、そのへんをむしろ狙ってほしいですね。
「ポンパ」に太刀打ちするには、それしかないような気がします。


その他、今月の文芸誌の注目作・記事を拾ってみますと、
「工学化する都市・生・文化」東浩紀+仲俣暁生 対談(新潮)・・・「東京から考える」の延長線上の話が聞けて刺激的です。
「炎のバッツィー」加藤幸子(新潮)・・・昨年の群像11月号の「バッツィー」の続編。意地悪姑生物バッツィーふたたび!雪山に捨ててきたはずのバッツィーが帰還!手に汗握るバッツィーとの攻防戦!そんじょそこらのライノベよりスリリングですわ。
「心はあなたのもとに」村上龍(文學界)・・・群像に続き文學界でも連載開始。群像が「半島から出よ」系とすると、こちらは「トパーズ」系ですな。例によって、コールガール(古いですか(汗))登場!いいなあこの乾いた背徳の雰囲気。待ってましたという感じです。
「煉獄ロック」星野智幸(すばる)・・・先月から始まった星野SFシリーズ(勝手に命名)。前作「無間道」の超どろどろ東京には、ぶっとびましたが(必読!)、今回も読ませてくれました。この人は実はSF作家の資質もあるのではと思わせる面白さです。
近未来の東京で繰り広げられる公開処刑と完全管理教育。
こういうの読んでから「らき☆すた」見ると、あー平和でいいなあと、ほっとしますよ。


ということで、いつもより数段スリリングな今月の文芸誌でした。


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円城 塔


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今月の文芸誌(07年5月号)

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今月は「文藝」が出る月なので、一冊多いです。
その「文藝」は柳美里特集です。「新潮」で連載していた「山手線」シリーズがこちらに移ってきています。
新潮社とあまりうまくいっていないようなことも以前書いていましたが、
「新潮」編集長の矢野優氏が全身全霊を込めた暖かい応援コメントを「文藝」に寄せているので大丈夫でしょう。
しかしこれだけの最上級のコメントを投げかけられる作家がいるということは編集者として幸せなことですね。
もちろん投げかけられた作家も幸せですが。
こうした関係から良い作品が生まれることを期待してやみません。


今月もおもしろい作品がいくつかありますが、なんといっても注目は、
筒井御大の「ダンシング・ヴァニティ」の第2部の登場です。
さらにドライブ感に拍車がかかって、どこまでいくのかと空恐ろしくなります。
ここまでやっていいんだ!と、忘れていた小説の自由さを思い出させてくれます。
思わず「海」の頃の挑戦的短編群を思い出しました。
秘書の功刀さんが最高です。


誰に頼まれたわけでもないのに、せっせと日常のどうしようもなさを暴き続けている前田司郎がまたやってくれています。
「グレート生活アドベンチャー」(新潮)は、ドラクエ的RPGゲームを実存的に暴き、
そのまま僕らの日常というものを返す刀で斬っています。
これを読んでしまうと最後、RPGゲームを純粋なゲームとしてプレイできなくなるので注意が必要です(笑)。
いろいろ印象的な言葉が出て来て、一段と才能に磨きがかかっている感じがしました。


家族をモチーフにする作品というのは、毎月何かしらの形で登場しますが、今月はそうした作品がなぜか印象に残りました。
「龍の棲む家」玄侑宗久(文學界)は、認知症になった父の介護をめぐる話です。
誰でも家族が認知症になれば戸惑うものですが、その状況に家族外から手をさしのべる者が現れます。
病気によって家族の記憶がぼろぼろと欠落していく者と、新しく家族として参加していく者。
その循環の中に宗教家としての目線がありました。
介護的なノウハウも豊富で、取材もきちんとしているという印象を受けました。


「海近しの眩しい陽射しが」川崎徹(群像)は、肉親と友人の死という二つの死を巡る話です。
川崎氏は従来の作家が狙わないような部分を、時に不条理という形を伴って、的確にスマッシュヒットしてくる才人ですが、
今回の作品はオーソドックスに死について考えているような感じがします。
川崎氏のことなので、最後まで何かあると思って読んでいたのですが、
そんなどんでん返しのようなこともなく、静かなかたちで終わりました。
死という最大の不条理の前には、どんな不条理な物語もかなわないということでしょうか。


最近、量産体制に入っているようにも感じる佐川光晴は「文學界」に、
建築家の元カノとの関係を描いた「一枚の絵」を発表しています。
主人公は画家で、元カノは建築家という設定にちょっと少女マンガ風味を感じますが、
画家の男が元カノにアプローチする仕方が、キモくて面白いです。
そのキモさを自分で自覚していないところが、さらにヨイです。
まあヨイといっても、微妙な良さですが。
語り手としての主人公が無自覚だと、読み手が自分で常識を開拓していかねばならないので大変です。
そういう作業では、時に自分の常識のあやふやさを自覚することもあり、ますますシュールなことになります。


「湖水地方」寺坂小迪(文學界)も奇妙な家族話です。
不思議な姉妹が出て来て三角関係に悩む話、これもまた少女マンガ風です。
なにしろ相手の男の名前が煉ですからね。煉獄の煉です。ダンテかよって感じです。
今どきの純文学のライバルはもしかしたら少女マンガなのかもしれません。
純文学の編集者は一度少女マンガ雑誌を経験した人が適役だと真剣に思います。
少女マンガの想像力を超えたものが純文学には要求されているような気がします。


その他、電車の中で自分の尻を揉む男が出てくる(なんじゃそりゃ(笑)吉田戦車ですか?)木下古栗の「受粉」やら、
先輩の女と携帯でやりあった挙げ句、こっぴどい仕打ちをする男の話、恒川光太郎「風を放つ」など
頭がくらくらしそうな異色作もあって、今月も純文学から目が離せません。(ホントかいな)
(ちなみに恒川氏はあのミステリーの傑作「夜市」の人ですよ。こんな話も書くんですね。
「風を放つ」はアーヴィングの「熊を放つ」から?考え過ぎですか。)



今月の文芸誌。

無銭優雅
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 新刊が出た影響か、山田詠美先生が「群像」「文學界」でそれぞれ対談しています。
 新譜PRのために出てくる浜崎あゆみみたいですね。
 「文學界」の相手は今回芥川賞選考委員を退いた河野多恵子氏です。テーマはずばり「文学賞とは何か」。
 芥川賞選考委員という「選ぶ」立場からの話が興味深いです。
 それにしても、山田先生は賞の話が大好きですね。正直な気持ちがコトバに表れていて好感が持てます。
 「小説トリッパー」に載っていた中原昌也芥川賞落選ドキュメントについて痛罵を放っているのが最高です。


 「群像」の相手は、今や大御所となった感のある川上弘美氏です。
 テーマは「小説とは地味なものです」ということで、それぞれの小説論を披露しています。
 一見穏やかな対話に見えますが、そこはライバル同士、小説への姿勢は相手には負けないぞという気合いが感じられます。


 「すばる」はドストエフスキー特集です。斎藤美奈子の「『カラキョウ』超局所的読み比べ」が面白いです。
 『カラキョウ』とは、もちろん「カラマーゾフの兄弟」のこと。
 1915年の初訳以来、14もの訳書がある同書。
 そのニュアンスの変化を示すために、「大審問官」の印象的なフレーズなどを比較しています。
 私は個人的には、柔らかみのある原卓也氏の訳本を愛用しています。
 しかし斎藤さん、小六の時に父に連れられて同書のソ連映画を見ていたとは、凄い少女期を送っていますね。
 ドストエフスキーについては、「文學界」に連載中の山城むつみ氏の「ドストエフスキー」もおすすめです。


 作品系を見ていくと、「新潮」で不定期連載していた舞城王太郎氏の「解決と○ん○ん」(ディスコ探偵水曜日第三部)がついに完結です。
 と、思いきや、最後の付記を読むと、今回をもって第三部が完了しただけで、今後第四部を追加して夏に単行本として出すとのことです。
 この作品、やたらわけのわからない図や表が出て来ていて、果たして収拾が付くのだろうかと心配でしたが、
 ついに単行本としてまとまるようなので一安心です。
 単行本といえば、以前「文學界」に連載していた筒井御大の「巨船ベラス・レトラス」もようやく来週16日に発売です。
 お得意のメタ・フィクションを使って、現代の文芸事情をぶった斬る痛快な作品です。
 作品中に出てくる北宋社問題(著者に無断で作品集を刊行)のその後も気になるところです。


 注目の小説は、「文學界」掲載の小林信彦「日本橋バビロン」です。
 自身の幼少期の思い出を絡めた、お馴染みの「東京懐古」ものです。
 東京の昔を知らない者に対する嫌みがいつものように滲み出ていて素敵です。


 エッセイ系では、いろいろ細かい鍔迫り合いが、あちこちで起きていて面白いです。
 田中和生氏が平野啓一郎の新刊をぼろくそに言ってます。
 「幼児的な作家」「最悪に近い具体例」等。
 まあ実験的な作品集ですから好き嫌いが分かれるところでしょうが、それにしても痛烈です。
 実験的という意味では同類の福永信が、「新潮」で冷静にそれぞれの作品を分析していたのと対照的です。
 あと、西村賢太氏が「文學界」の著者インタビューに登場しています。
 そもそも氏のデビューはこの「文學界」に同人誌優秀作として掲載されたことにあるのですが、
 なぜかその後、「文學界」では作品を見かけません。
 今回の著者インタビューという取り上げ方に対して、西村氏はどう思っているのでしょうか。
 インタビューでは、その作風に対する世間の批評について、率直な言葉での反論を行っています。
 岡田睦という新機軸の貧乏作家も現れている折、今後の活躍に期待です。


 連載ものの「決壊」平野啓一郎、「東京島」桐野夏生、「太陽を曳く馬」高村薫、「火の島」石原慎太郎、「歌うクジラ」村上龍とそれぞれ佳境に入ってきているので、読むのが楽しみです。
 短編など印象に残った作品などまた下旬に報告したいと思います。

 


 
 

人間らしくやりたいナ 人間なんだからナ

 

開高健 夢駆ける草原開高健 夢駆ける草原
高橋 昇


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 最近、開高健の顔をよくテレビで見かけます。
 眼光鋭く大声でずばっと言葉を放つ様子は、ぬるま湯的なテレビの中でドキッとする一瞬です。
 晩年は釣りと食の人というイメージが強く、雑誌やテレビではちょうど今の椎名誠みたいな使われ方をしていました。
 50代で早逝してしまったのが何とも残念です。
 今になってその顔をテレビで見るというのは、何か現代に欠けているものを彼が持っているからでしょうか。
 サントリーの宣伝部にいた頃につくったコピーは彼の生き方そのものが出ています。


  『人間』らしく
  やりたいナ
  トリスを飲んで
  『人間』らしく
  やりたいナ
  『人間』なんだからナ


 私にとってトリスはもう小津安二郎の世界の飲み物ですが、
 トリスが生活と直に繋がっていた世代にとっては堪えられない文句だったことでしょう。
 そういえば、昔、ひょんなことでサントリーにイベント企画の提案をしたことがありました。
 今思えば無茶苦茶な話ですが、トリスならぬ「エロス」という酒の提案をしたのです。
 どこか猥雑で暖かく深い懐を持った「場末」を浅草の裏あたりに現出させ、
 昔の酒場が持っていた人間臭さを期間限定で幻として浮かび上がらせたいという気持ちがあったからです。
 それにはずばり「エロス」という名前がいいと思ったのです。
 まあ向こうは冗談と思ったのでしょう、一笑に付されてしまいましたが、
 あの時、私は開高健のこの「人間らしく」の言葉を思い出して提案を喋っていました。
 エロスという言葉の先には開高健がいたのです。
 

 これはCMコピーではありませんが、開高健は自分の生き方の主義を編集者に向けて、こう残しています。


  読め。
  耳をたてろ。
  眼をひらいたままで眠れ。
  右足で一歩一歩歩きつつ、
  左足で跳べ。
  トラブルを歓迎しろ。
  遊べ。
  飲め。
  抱け。抱かれろ。
  森羅万象に多情多恨たれ。

  補遺一つ。 女に泣かされろ。

  右の諸原則を毎食前食後、
  欠かさず暗誦なさるべし。

  御名御璽 開高健
   (「編集者マグナ・カルタ九章」)


なんとももの凄いプリンシプルです。
でもある種、人生の真実ですね。
ベトナム戦争で九死に一生を得た体験が影響していると言われていますが、
豪放磊落なエロス的言葉のその裏には虚無的な闇を彼は抱えていました。
アマゾンのレビューでも、「日本で初めてPTSDを取り扱った小説」と指摘されている方がいますが、
彼の代表作のひとつ『夏の闇』はその虚無を真っ正面から捉えている作品です。


そんな虚無にも繋がっているのではと思うのは、
あの有名な「雨と小犬」というトリスのCMです。
雨の中、街をさ迷う子犬の姿を憶えている人も多いはずです。
その映像にはこんなコピーがついていました。


  いろんな命が生きているんだな。
  元気で。
  とりあえず元気で。
  みんな元気で。
http://www.youtube.com/watch?v=Fp43fjmwGkA


コピーは開高健ではなく、仲畑貴志氏です。
開高健が築いたトリスの人間味溢れるテイストを見事に昇華しています。


開高健が放った「人間らしく」という言葉は、
虚無と大胆不敵なエロスを併せ持つ融通無碍な人間のこころを示しているのでしょうか。
それにしても現代には「エロス」が足りませんね。
記号的なエロなものは溢れかえっていますが、「人間らしい」エロはなかなかありません。
美術にも小説にも。そして食にも。さらに言えば街にも。
開高健の小説を今再び読んで、少しエロスについてまた考えたいと思っています。


夏の闇
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star優れた文体。研ぎ澄まされた文章。
starPTSDを始めて小説化した作品ではなかろうか?
star闇に住んだ人

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恩田陸じゃなくて岡田睦。

明日なき身
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 それにしても貧乏話というのは、なぜ面白いのでしょうか。
 人の不幸は蜜の味という黒い部分もあることは否めません。
 しかし、あくまで小説として捉えても、貧乏話には格別の味わいがあります。
 極端な金持ちの話もある意味面白いかもしれませんが、やはり貧乏話の豊かさにはかないません。
 いろいろ理由はあると思いますが、とにかく、話が想定内に収まらないところがよいのではないでしょうか。
 金があると物事を金で解決しがちなので、厄介ごとも最短距離ですんなり終わって、他への影響も少ない。
 しかし貧乏だとそうはいかないので、話を収めるためにずいぶんな回り道をしたり、逆に泥沼にはまったりします。
 そして挙げ句の果て、話が思わぬ想定外の方向へ走り出すのです。
 

 世の中には、なんでも想定内と嘯く金持ちもいますが、それではやっぱり人生つまらないのです。
 安定した生活を求めるのは人として当たり前ですが、しかし心のどこかで人は思いがけないものの到来を待ち望んでいるのではないでしょうか。
 それが辛いことであったとしても。
 で、それを疑似体験できるのが貧乏話なのです。
 

 岡田睦という人は、今までもずっと作家活動を続けていたのですが、正直、あまりぱっとしませんでした。
 基本的に私小説作家で、作風も地味な感じです。
 しかし、近年その実生活がいよいよドツボにはまってきて、どうにもならなくなってきました。
 三人目の妻にも逃げられ、ろくな仕事もないので生活保護を受け、コンビニのおにぎり一個で一日を過ごします。
 家は妻の名義だったので追い出され、老人向け安アパートに引っ越すのですが、風呂もエアコンも壊れて風邪を引き、
 洟をかんだティッシュの処理に困り、火をつけたら、壁に燃え移り、部屋を全焼させます。
 今では介護施設に収容されていますが、そこでも問題児扱いで様々なイジメに遭っているようです。
 

 このへんの顛末をぽつぽつと二年前くらいから書き始めたら、いきなり、面白い!ということになって、今回このような本にまとまったというわけです。
 人生何が幸いするかわかりません。いや、これが幸いであるかどうかは微妙なところなのですけれど。
 

 貧乏私生活を売りにする作家は今でも何人かいますが、この人はその中でも一味違うのです。
 なんといっても面白いのは、その文が飄々としていることです。
 書いていることは悲惨なのですが、語り口がどこかユーモラスで独特の軽みがあるのです。
 諦念でも開き直りでもない、自然な軽み。
 仙人と言うと言いすぎですが、なかなか普通ではたどり着けない境地が、文章ににじみ出ています。
 ドツボの果てに掴んだ文体なのでしょう。
 なかなかお目にかかれない作品です。
 この本を今流行の下流という言葉や状況に結びつけて論じる人もいます。
 勿論そういう視点から捉えることもありだと思いますが、あくまで小説作品として読み、
 その文体が醸し出すダンディズムを味わえればと思っています。
 

 この本についての書評を来月号の「群像」に書きました。
 いろいろ考えさせられることも身辺にあったので、それとともに書いています。
 よかったら、ご覧ください。

わかれてきた道がまっすぐ

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おすすめ平均star
star懐かしい山頭火
starしんしんとした静寂
starカオル

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年末から正月にかけて山頭火を読んでいました。
句集「草木塔」の他に、行乞の日記、そして山頭火の生涯を描いたコミックまで探して読んでしまいました。
それというのも、12月にNHKで放送していた「私のこだわり人物伝」の影響です。
ナビゲーターの仲畑貴志氏の話も面白かったのですが、なんといっても素晴らしかったのは、福島泰樹氏の語りです。
福島さんは絶叫歌人として有名な方ですが、なぜかこの番組のナレーターを務めています。
円谷英二など今までの回では正直、声色的にちょっとどうかと思っていたのですが、
さすが歌人、この山頭火の回では、その絶叫ぶりを本領発揮しています。
ナレーターとは思えぬほど感情を爆発させた句の詠みが素晴らし過ぎるので、
録画した番組のうち福島さんが詠む句の部分だけ切り出して再編集してしまいました。
(福島さんは絶叫ライブのDVDも出していますので、ぜひその雄姿もご覧ください。)


この福島さんの感情爆発詠みのおかげで、今まであまりピンときていなかった山頭火の句が
急に輝き出し、ついにまとめて読む気になったのです。
無頼の俳人、山頭火。
世間が嫌いなくせに、孤独の中では生きていけないさびしがり屋。
酒乱で働かず、周囲の人に迷惑をかけ続けて死んだ男。
そんなどうしようもない人間なのに、残した句はなぜか澄み切っているのです。


「しぐるるや死なないでゐる」
「酔うてこほろぎと寝ていたよ」
「こんなにうまい水があふれてゐる」
「陽を吸う」
「まっすぐな道でさみしい」
「鉄鉢(てっぱつ)の中にも霰(あられ)」
「どうしようもない生き物が夜の底に」
「かうしてここにわたしのかげ」
「うしろすがたのしぐれてゆくか」


山頭火はとことんダメなおっさんです。
今の時代に山頭火がいたら、きっと見捨てられて病院か警察行きでしょう。
こんなダメで迷惑千万なおっさんを、困りながらも支えていた多くの人がいたことが驚きです。
そんな人々がいたからこそ、彼の生活は貧乏でもどこか飄々とした太平さがあり、句が濁らず澄んでいるのだと思います。
今より飢餓や病気のリスクが高い時代なのに、なぜか余裕があるようにも見えます。
山頭火よりお金があっても、今の時代、どこか追いつめられたような気持ちになるのはどうしてなのかと
彼の句集を読みながら考えています。
今は貧乏を許さない、貧乏が悪の時代だからかもしれません。


山頭火の句は五七五にとらわれない自由律俳句です。
番組で仲畑氏も言っていましたが、そのまま現代のCMコピーにも使えそうなものまであります。
昭和のはじめに詠んだ句が、現代にも通じています。
やはりそこに込められた人間の業が魅力を放つのでしょうか。


世間が嫌いなくせに、人間を求めずにはいられない。
番組の最後で、渋谷の雑踏に重ねられた句が印象的でした。
「わかれてきた道がまっすぐ」



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