寅さんと中沢新一。

男はつらいよ [DVD]

男はつらいよ [DVD]



 最近、なぜか「男はつらいよ」ばかり見ている。NHK-BSでもこの夏から2年かけて全作放送を始めるし、DVDも廉価版が発売された。今回のマイブームはそうした周りの事情は全く関係ない。見出したきっかけは、なんともたわいなく、ある本で寅さんにゴジラが登場する回があると書いてあったので確かめたかっただけなのだ。それは寅さんファンではお馴染みの、作品冒頭の「寅の夢」シーンのひとつで、正確にはゴジラではなくて松竹が唯一制作した怪獣映画の「宇宙怪獣ギララ」であった。シリーズ第34作の「寅次郎真実一路」という回で、科学者寅が、帝釈天のお守りで作ったタイシャクテン・デストロイヤーでギララを倒すのであるが、まあこの際その話は措いておく。
 要は久しぶりに見た寅さんが妙にハマり、このままだと一気に全作見てしまう勢いなのだ。理由はいくつかあるが、その最たるものは、懐かしき東京の姿と細かい常識を無視したゆるいストーリーだろうか。ゆるいとか言うと熱心なファンから叱られそうだが、寅が時折見せる矛盾に満ちた行動と非常識ぶりは、今だからこそ見えてくるものだ。
 寅が一番大事にしているものは、何なのだろうとふと考える。金や名誉でないことははっきりしている。では人情か。家族への愛か。よく言われるところはそんなところだろう。しかしそれだけではないような気がしてくる。
 BSの寅さん祭のキャッチフレーズは「失恋48連発!」だったが、よく見ると寅は失恋どころかマドンナを振ったりもしているのだ。うまく行きそうになると寅は自分から逃げている。安定した生活、変わらない日常、そういうもの一切から逃げることが寅の生きる目的なのか。



アースダイバー

アースダイバー

 そういう気持ちの中、偶然読んだ中沢新一氏の「アースダイバー」。これは東京を縄文時代の地盤から見つめて、古き時代から現代に繋がっている東京の真の姿を浮き彫りにしている。簡単に言うと、山の手や皇居のあたりの地盤は縄文時代から存在する堅い地盤だが、浅草などの下町は元々海で、川が押し流した土砂が堆積してできた柔らかく新しい地盤で、自ずとそういう地盤の違いはそこに住む人の気質を形作ったというものである。
 先日の地震でも証明されたように下町のほうは地盤がやわく不安定である。そういう町に住んでいると、不変のものなどないことを身をもって知っているから、浮き世のはかなさを笑って見つめることができるようだ。山の手人は少しでも生活に不安があると金や家が心配でおたおたするが、下町の人はそのへん肝が据わっていると氏は言う。
 まあこういう極端な対比も異論があると思うが、地盤から見た視点というのはなかなか面白い。


 これを読んで、寅さんを見ると、その不可解な魅力が見えてくるような気がする。
 寅さんのタイトルバックはいつも江戸川の川べりだ。寅さんはいつも川から現れる。あの川こそが自由なる漂流を希求する寅さんを育てたのだろうか。浅草も隅田川が作り、今でも街に欠かせない風景だ。いつもは用のない川に、花火の日だけは多くの人が訪れる。花火大会にうつつをぬかすとは平和な日本だなどと叫ぶテレビのコメンテイターもいたが、花火を通して川というものをたまには見つめることは、都会に生きる人々に見えない精神のバランスをもたらすのではないだろうか。