にせものかホンモノか ー ポスト・デジグラフィ

marudonguri2006-09-05

 恵比寿にある東京都写真美術館で「ポスト・デジグラフィ展」が開かれています。
 http://www.syabi.com/details/digigraphy.html
 この展覧会は、一見すると単なるCGアートの紹介のようですが、実は私たちが今、情報や文化を吸収する際に直面している深い問題を提示しています。


 映像やグラフィックでのCG表現は、もはや当たり前のものとなりつつあり、私たちの周りに空気のように溶け込んでいます。
 CGを使っているだけで、凄いとか言われ話題になった昔が懐かしい気がします。
 そもそもCGというのは、「にせもの」「代用品」の文化です。
 実写では到底不可能な動きや空想上の事物を表現したいという欲望の下、CGは発達しました。
 そのためCGは「ほんもの」を超えることはできないという宿命を背負っています。
 どんなにその表現技術を発達させても、それは所詮「よくできたにせもの」なのです。
 その証拠に、テレビ番組やCMで変わった動きなどが話題になると、決まって出てくるのが「これはCGか?実際にやっているのか?」という疑問です。
 で、それがCGの産物だとわかるやいなや、一斉に発せられるのは「なんだCGか」というコトバです。
 そのコトバにはどこか「騙された」というニュアンスも含まれているような気がします。
 ほんものだと思ったのに結局にせものだったという、がっかり感ですね。
 まあ当たり前ですが、私たちはやはりデジタルなつくりものより、生なほんものが好きなのですね。


 しかし、CGというにせものを通してこそ、初めてオリジナル、ほんものというものの正体が見えてくるような気がします。
 フィリップ・K・ディックはその数多い著作の中で、常に「にせもの感」にこだわっていたことで有名です。
 映画「ブレードランナー」の原作である「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」の主人公が抱く夢は、いつか「ほんもの」のペットを飼うことです。
 彼は金が無いので、「にせもの」の電気動物しか飼えません。
 今でいえば、ほんものの犬が飼えないからロボットのAIBOを飼っているというようなことですが、彼の世界が凄いのは、電気動物のほうが決定的に安いということですね。まだまだ先の未来を行っている。


 彼の「にせもの感」というのは、周りのものだけでなく常に自分に向けられています。
 自分そのものが「にせもの」ではないか。自分が「ほんもの」である証明を追って苦悩します。
 現代にこの苦悩を置き換えることは様々な意味で可能です。しかしその苦悩は少し変わってきているかもしれません。
 何がほんものかわからなくなってきた現代ですが、にせものであることに価値を置き、むしろにせもののほうが、ある意味格好いいという意識があったり、もはや「にせもの」「ほんもの」という二項対立を超えたものが生まれていたりするからです。


 今回の展示の趣旨には「アナログ」と「デジタル」の二項対立から脱するという意味の文が書かれていますが、これはそのまま「ほんもの」「にせもの」の図式に当てはまります。
 展示作品には、その二項対立を超えた意味を持つものがいくつかあります。
 それらは、実写風のCGを追求しているのではなく、CGでも実写でもない別のポイントを目指しているようです。
 かく言う私も、決して旧来の二項対立の視点から解放されているわけではなく、初めはそうした作品群を見ても、「ああこのへんはCGっぽいな」とか「ここはわざわざCGでつくる必要はないな」などという感想しか持ちませんでした。しかし、何度か見ているうちに、それらが「敢えて」CGで作られている意味を感じるようになったのです。彼らは今という「ほんもの」と「にせもの」の境界が見えなくなった現実を表現するために、わざとCG的な「にせもの感」を出しているのではないかと。


 特に私の印象に残った作品は学生CGコンテストで賞を取った「City obscra」(高野耕二)という作品です。
 http://www.cgarts.or.jp/contest/scg/2005/works/city/mov_content.html
 どこかの地方都市の風景がえんえん流れるだけの映像ですが、何か普通の実写ではない違和感があります。
 しかしいつか見たような懐かしい風景。
 そうです、その風景は、かつて円谷特撮で見たミニチュアの街の風景に似ているのです。
 そこでは「ほんもの」の街のそれがまるでミニチュアのように動いています。
 この作品の魅力は、敢えて事物をリアルにしない技法でミニチュア的に映しているところにあると思います。
 円谷的ノスタルジーもあいまって、私はこの作品の中の街に憧れを抱きました。
 そこはもはや「ほんもの」も「にせもの」も無い世界なのです。
 展覧会は10月15日までやってます。そこで今私たちが見ている現実というものを再認識するのもおもしろいと思います。


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