夜、時々すばやい動作で、のしかかる。

marudonguri2006-11-25

最近、出す本が次々と脚光を浴びている中沢新一先生が、NHKの「知るを楽しむ 私のこだわり人物伝」で、折口信夫について語っています。
今週で3回目ですが、しばらく忘れていた折口信夫の世界がまた蘇ってきて、わくわくします。
番組の趣旨は、たぶん折口信夫の考えていたこととその人生を辿るということなんでしょうが、中沢先生の手にかかると、すべて中沢節に変わり、すっかり中沢先生の御説を聴く番組と化してします。
でも、中沢先生というフィルターを通して折口信夫を眺めると、折口学というのは現代にこそ必要なものなんだなと気付きます。
とりあえず食うには困らないけれど何か満たされないという、社会全体にアンバランスな空気が不気味に漂っている現在、折口信夫が唱えた「まれびと」「タマ」という言葉は現状打開のヒントになる気がします。


柳田國男が共同体の中から神や精霊が生まれたと考えたのに対し、折口信夫は共同体の外、異界から精霊はやってくると考えました。
共同体を乱す異界のものこそが、実は共同体を再生させるのです。
知らないうちにアンバランスになっていた共同体をそうしたものがリセットしてくれるのでしょう。
異界のものを畏れ敬う神事が、田舎の祭礼に残っていると言われています。
都会に住んでいると、あまり感じませんが、結構田舎というところは息苦しいものです。
狭いエリアで均質的な生活をしていると、どうしても負のエネルギーが溜まります。
近所同士疑心暗鬼になったり、些細な格差を嫉妬したりします。
そういう負のエネルギーを一気に解放していたのが、祭だったように思います。
しかし、そういう祭を実際に間近で見てきた経験から言うと、祭の時にも、負のエネルギーは溜まったりするんですよね。
今年は誰それが神楽をやる番だったのに別の誰それがやっただの、お札をもらう順番が違うと揉めたり、いろいろあります。
いろいろありますが、やらないよりはずっとマシです。祭が近づくと、誰しもわくわくしていましたからね。


じゃあ都会でも祭をもっと増やせばいいじゃないかという人もいるでしょう。
しかしそれは残念ながら短絡的な考えです。
由緒正しい祭ほど、その始まりがよくわからないものです。誰がいつどうやって始めたかよくわからない。
由来は一応書いてあったりしますが、あんまり当てにならない。
その証拠に、だれも第○○回三社祭なんて言いませんよね。
正体も意味もよくわからないというのが祭の肝なのです。
自治体や企業が、わかりやすい形で祭を企画したとしても、それは祭ではなくてただのイベントです。
このへんが実に難しい。
今の世の中、なんでもつくり出すことができるような気がしていますが、新しい祭と神社をつくることはなかなかできないと思います。
アンバランスな形で肥大した今の都会をリセットするのは、もう災害くらいしかないのでしょうか・・・。


今回の中沢先生の番組では、あまり折口信夫のひととなりについては触れていませんが、
折口信夫といえば、男色やコカイン、そして食といったものを抜きにしては語れません。
たぶんそうしたタブーを超えることのできる資質が、飛び抜けて個性的な思考と成果に関係していたと思われます。
同居していた弟子、加藤守雄の「わが師 折口信夫」には夜な夜な自分の布団に忍んでくる折口信夫の姿が記されています。
その一部、「夜、時々すばやい動作で」「のしかかる」という部分は「折口信夫論」で松浦寿輝も引用していますが、なんとも生々しい描写です。
この押さえきれない暗い情念が、彼の中に流れる古代人の血だったのでしょうか。
中沢先生も言っていますが、折口信夫は古代人なのに、なぜか20世紀に生まれてしまった数奇な人だったのです。


私がはじめて折口信夫に興味を持ったのは、中学の頃です。
家が神道だったこともあって、折口の本に触れるのは容易でしたが、彼のひととなりの強烈さは子供の私にとってショックでした。
しかしその古代を起点とした思考は、他に類の無い魅力あるものに映り、私がその後、飛鳥的なものに一時傾倒していくきっかけになったのです。
奈良へ修学旅行で訪れた時も、ひとり折口信夫ゆかりの飛鳥坐神社に行きました。
境内に溢れるばかりに屹立する陰陽石を眺め、ご神体も鏡も無く、ただ風が吹き抜けるだけの本殿を見て、風や石といった自然をそのまま祀るという仏教以前の古代日本人の思考の塊を実感しました。


祭というのは、いろいろな角度から眺めるのが大事だと思っています。
そうしないと祭の持つ多層的な面が見えなくなり、祭が自分のところに落ちてこないと思います。
中沢先生のように材として祭を見ることも大事ですし、みうらじゅんさんのように、「とんまつり」として笑い飛ばすことも必要です。
まあでも一番良いのは、祭の参加者として、我を忘れて祭に没頭することですけれどね。


中沢先生の折口信夫番組、どのへんに着地するのでしょうか。興味があります。
そういえば、中沢先生の新刊「三位一体モデル」も売れているようです。
ここにもインタビューが載っています。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20061122/114227/

薄そうな本なので、ちょっと買うのを躊躇しているのですが、
「アースダイバー」や「カイエ・ソバージュ」が評判になったように、
この本も、現代の生きにくさを脱するためのヒントを求めて、多くの人が買っているのでしょうね。


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