恩田陸じゃなくて岡田睦。

明日なき身
4062136422岡田 睦

講談社 2006-12-11
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 それにしても貧乏話というのは、なぜ面白いのでしょうか。
 人の不幸は蜜の味という黒い部分もあることは否めません。
 しかし、あくまで小説として捉えても、貧乏話には格別の味わいがあります。
 極端な金持ちの話もある意味面白いかもしれませんが、やはり貧乏話の豊かさにはかないません。
 いろいろ理由はあると思いますが、とにかく、話が想定内に収まらないところがよいのではないでしょうか。
 金があると物事を金で解決しがちなので、厄介ごとも最短距離ですんなり終わって、他への影響も少ない。
 しかし貧乏だとそうはいかないので、話を収めるためにずいぶんな回り道をしたり、逆に泥沼にはまったりします。
 そして挙げ句の果て、話が思わぬ想定外の方向へ走り出すのです。
 

 世の中には、なんでも想定内と嘯く金持ちもいますが、それではやっぱり人生つまらないのです。
 安定した生活を求めるのは人として当たり前ですが、しかし心のどこかで人は思いがけないものの到来を待ち望んでいるのではないでしょうか。
 それが辛いことであったとしても。
 で、それを疑似体験できるのが貧乏話なのです。
 

 岡田睦という人は、今までもずっと作家活動を続けていたのですが、正直、あまりぱっとしませんでした。
 基本的に私小説作家で、作風も地味な感じです。
 しかし、近年その実生活がいよいよドツボにはまってきて、どうにもならなくなってきました。
 三人目の妻にも逃げられ、ろくな仕事もないので生活保護を受け、コンビニのおにぎり一個で一日を過ごします。
 家は妻の名義だったので追い出され、老人向け安アパートに引っ越すのですが、風呂もエアコンも壊れて風邪を引き、
 洟をかんだティッシュの処理に困り、火をつけたら、壁に燃え移り、部屋を全焼させます。
 今では介護施設に収容されていますが、そこでも問題児扱いで様々なイジメに遭っているようです。
 

 このへんの顛末をぽつぽつと二年前くらいから書き始めたら、いきなり、面白い!ということになって、今回このような本にまとまったというわけです。
 人生何が幸いするかわかりません。いや、これが幸いであるかどうかは微妙なところなのですけれど。
 

 貧乏私生活を売りにする作家は今でも何人かいますが、この人はその中でも一味違うのです。
 なんといっても面白いのは、その文が飄々としていることです。
 書いていることは悲惨なのですが、語り口がどこかユーモラスで独特の軽みがあるのです。
 諦念でも開き直りでもない、自然な軽み。
 仙人と言うと言いすぎですが、なかなか普通ではたどり着けない境地が、文章ににじみ出ています。
 ドツボの果てに掴んだ文体なのでしょう。
 なかなかお目にかかれない作品です。
 この本を今流行の下流という言葉や状況に結びつけて論じる人もいます。
 勿論そういう視点から捉えることもありだと思いますが、あくまで小説作品として読み、
 その文体が醸し出すダンディズムを味わえればと思っています。
 

 この本についての書評を来月号の「群像」に書きました。
 いろいろ考えさせられることも身辺にあったので、それとともに書いています。
 よかったら、ご覧ください。